麻酔下のサイの安全を守る

深刻な絶滅危機に瀕するサイを守るための、より安全な捕獲・保定技術の開発

Leith Meyer

Leith Meyer教授

獣医野生動物研究センター ディレクター

前臨床科学科 教授
プレトリア大学

 
地図上のクルーガー国立公園
クルーガー国立公園は南アフリカの北東の角に位置し、草原、湿地、低木林に隣接しています。ここは「ビッグファイブ」として知られる動物グループ(ゾウ、ライオン、バッファロー、ヒョウ、サイ)の生息地であり、1世紀以上にわたり、公園のレンジャー、科学者、獣医師のチームがこれらの象徴的な種の保護を主導してきました。これは決して簡単な仕事ではありません。特にサイの場合は猶更です。

2020年だけでも、密猟者は南アフリカ全土で500頭以上のサイを殺害しました。これはおよそ22時間に1頭の割合です。そして、これは近年では改善されていますが、絶滅の危機に瀕している個体群を維持するには多すぎます。他にもリスクがあります。残っている動物を保護するために使用される技術の多くは、角の除去や移動を含め、動物にリスクをもたらし、その影響が完全には理解されていない薬物を使用した化学的固定(麻酔)に依存しています。Leith Meyer教授はこれを変えるために取り組んでいます。

Leithはプレトリア大学獣医学部で野生動物の薬理学と医学の教鞭を執りながら、野生動物の捕獲と化学的固定に関連する研究を主導しています。彼の目標は現場での獣医療手順中にサイの安全性を向上させることであり、南アフリカ国立公園の獣医野生動物サービスチームと協力して、アフリカ全土で活動しています。「動物福祉の向上と麻酔中のリスク軽減に向け、私たちは薬剤の効果に関する適切な情報を現場へ広く共有したいと考えています」

サイは麻酔に対して特に敏感です。彼らは重度の心肺機能低下に苦しむ可能性があり、呼吸数は通常の毎分19回から毎分わずか3〜4回まで低下することがあります。「彼らの生理学的データからして、こういった動物の処置は綱渡りに等しいのです。私たちがサイの麻酔中に行う処置の改善はとても重要です」

それに加えてLeithは、限られた機材しか持ち込めない野外での実用的な手法を模索しています。「大きなボンベからの酸素供給はサイには非常に効果的ですが、ヘリコプターで移動している場合はボンベを持ち運ぶことができないため、常に役立つとは限りません。ヘリコプターからサイにダーツを撃ち、角の除去や治療を行う場合は、薬物による生理学的効果を最大限発揮したいと考えています。動物を蘇生させるための派手な設備はありません」

シロサイは肩の高さが最大2mになり、平均的なオスの体重は2トンを超え、最大で4トンに達するという報告もあります。この規格外の体格ゆえに、あらゆる物理的な介入は困難を極めます。動物の命はもちろんのこと、処置を行う人間の安全も確保しなければなりません。

角を除去されたサイ

角の除去

密猟者にとって、角は同重量の金以上の価値があります。角は爪に似たケラチンでできており、それを取り除いても害はありません。角が同じ大きさに生え変わるまで約2年かかります。

60%

2013年以降、クルーガー国立公園における個体数減少率 1 

394頭

2020年に南アフリカで、角のために密猟されたサイの頭数 2 

9,000%

2007年から2014年の間、南アフリカで発生したサイの密猟増加率 1 

 
 

では、サイからどうやって生理学的データを正確に収集しているでしょうか。サイの麻酔後、LeithらはPowerLab システムと、ヒト運動生理学向けトランスデューサー(主にガス分析器とスパイロメーター)を使用して、麻酔中のサイの換気、一回換気量、呼吸数、および代謝をモニタリングします。サイは絶対的な鼻呼吸動物であるため、呼気ガスはすべて鼻孔から収集できます。フェイスマスクの代わりに、Leithは彼らの鼻孔に適合した馬用の気管内チューブを使用して呼気ガスを収集し、気流、およびサイの呼気ごとのCO2 とO2 のレベルを測定します。VO2 とVCO2 を計算すると、サイがどれくらいのO2 を燃焼させ、どれくらいのCO2 を生成しているかがわかります。捕獲用の薬物はしばしば動物を代謝亢進状態にします。Leithのチームはこの代謝亢進の軽減方法を模索しています。血圧、血中酸素、pHなどその他の変数をモニタリングするために、サイの耳の動脈にカテーテルを挿入します。

彼らの研究が進むことで、サイの捕獲プロセスを微調整して、サイの健康状態を改善することができます。密猟の標的となるサイの角を切り落とす除角手術には、最大で1時間ほどかかります。この長時間の処置において麻酔薬をどう扱うべきかという知見は深まっており、すでに現場で成果を上げています。現在、Leith氏は南アフリカ国立公園の同僚とともに、高度な捕獲技術コースの運営を支援しています。このプログラムには世界中から経験豊富な野生動物獣医師が集まり、野生動物医学の最新動向や研究成果を学んでいます。

 

記録された信号

Rhino

CO2

酸素

VO2

血中酸素飽和度

VCO2

血圧

pH

 
 
 
 
 

かつては研究者になるつもりがなかったLeithですが、現在は研究に情熱を注いでいます。「昔はよく野生動物の獣医になりたいと思っていましたが、私たちが扱っている動物に何をしているのか、使用されている薬剤がどう影響するのかなど、常に多くの疑問が湧いていました。こうした処置中に起こる現象をよりよく理解しようとするうちに、気づけば研究の世界にのめり込んでいました。研究はとても刺激的です。絶えず新たな発見があります。私たちが動物のためにできること、そして学ぶべきことはまだまだ数多く存在します」

Leith氏にインスピレーションを与えた恩師の一人が、現在の研究パートナーでもあるPeter Buss博士です。二人の出会いは約20年前、Leith氏が獣医学校を卒業した直後に参加した捕獲技術コースでした。また、同氏はDuncan Mitchell教授を「科学分野における自身のヒーロー」として挙げています。「彼は現在、世界をリードする生理学研究者の1人です。非常に著名で尊敬を集める人物ですが、とても気さくな人です。よく一緒にビールを飲んでいますよ」

同じ道を目指す学生に向けて、こうアドバイスしました。「強い献身が必要です。すぐに結果が出る世界ではありませんが、粘り強く取り組み、成し遂げたときのやりがいは計り知れません。あなた自身の成果や発見が、長期的かつ世界的な規模で、確かな変化を生み出すはずです」

サイは超大型の草食動物であり、陸生哺乳類の中で2番目に大きい動物です。彼らは草原の生態系を形成する上で重要な役割を果たします。サイの保護は、同じ生息地に依存する他の多くの種を保護することと等しいのです。

Peter Buss

Peter Buss博士

獣医学シニアマネージャー

クルーガー国立公園

Peter Buss博士にとって、現場での一日は夜明け前から始まります。彼はクルーガー国立公園の獣医シニアマネージャーであり、公園の「首都」として知られる人口1200人の村、スククザキャンプのすぐ外にある獣医野生動物サービスチームの一員でもあります。サイを動きを止める必要がある場合、動物の安全を考慮して日中の暑さを避け、夜明けとともにヘリコプターで出発しなければなりません。今でもしばしば、彼は衝撃を感じます。

「サイやゾウのような巨大な動物をごく少量の薬で安全に保定できることには、今でも不思議に思えます。使用する麻酔銃(ダーツ)の容量はわずか3mL程度です。さらに驚くべきことに、拮抗薬を投与するとわずか1〜2分でまるで何事もなかったかのように立ち上がります」

Peterは長年、獣医師や獣医学の学生に対し野生動物の麻酔学を教えてきましたが、野生動物保護における麻酔技術の重要性は計り知れません。「野生動物の麻酔処置は異なる国立公園間での動物の移動、密猟事件で怪我をした可能性のある動物の治療、動物の角の除去、病気の調査等で飛鳥となる基本的な技術です。また、この技術があれば他のチームの研究プロジェクトを支援することもできます。首輪による動物の追跡や、血液サンプル収集などでも彼らに貢献することがあるのです」

固定化されているサイ 固定化されているサイ 固定化されているサイ
 

Peter氏はLeith氏と共同で、野生動物の保定技術を改良する研究に取り組んでいます。「麻酔で保定されたサイの体内で、生理学的に何が起きているかを把握することは極めて重要です。呼吸、心機能、血流などにどのような変化が生じているのか。私たちの最終的な課題は、その状態をどう改善するかです。サイの安全性を高めるためにどんな処置が可能か、保定プロトコル全体をどう調整すべきかを探求しています」現在はサイを対象としていますが、今後はキリン、ライオン、カモシカなど他の動物種にも研究を広げる計画です。

Peterはサイの未来に前向きです。生息地の喪失や密猟など多くの脅威に直面しているものの、サイの保護活動がかつて大きな成功を収めた事実を忘れるべきではないと語ります。「サイは絶滅危惧種として特別な存在であると同時に、南アフリカにおける自然保護の象徴でもあります。保護の成功したが、これから何ができるかというのが私たちの課題です。かつてシロサイの個体数は世界で200頭未満まで激減したと言われています。しかし、懸命な保護活動と保定技術の開発により、2万頭まで回復させることに成功したのです。なので、これは保護活動における大きなサクセスストーリーです。先人たちが築いたこの基盤と現在の課題を私たちがこうして引き継いでいますが、これまで育んだ技術をどう発展させていくかが問われています」

サイの個体数の変遷

150 1929年 3 
上矢印
20,000 2015年 3 

密猟の継続的な減少

下矢印
6年 2020年より 2